M/E
川内倫子
¥6,500 (+tax)
2025年1月中旬発売 サイン本予約受付中
この度、川内倫子の写真集『M/E』を刊行いたします。
2019年にアイスランドを訪れた川内は、地球の息吹を感じる間欠泉や、人間の持つ時間を遥かに超える氷河、胎内のような休火山の内部を目の当たりにし、いままでに感じたことのない、この星との繋がりを感じました。アイスランドを出発点とし、コロナ禍を経て自宅周辺にある自然や、北海道の冬の大地へとその体験は続いていきます。2022~2023年には大規模個展『M/E 球体の上 無限の繋がり』を開催し、「M/E」シリーズの一部を発表しました。「M/E」は現在も世界の各国で展示されて続けています。
タイトルとなる「M/E」は、「母(Mother)」と「地球(Earth)」の頭文字であり、続けて読むと「母なる大地(Mother Earth)」、そして「私(Me)」という意味が込められています。そこからは、悠久の自然の存在と、日々の日常で起こるささやかな出来事は、無関係ではなく、分かち難くつながっていることの必然が呼び起こされます。本作は、自然と向き合いながらも自身の視座を獲得した『あめつち』『Halo』の先にある、自然と人間のつながりという原点に立ち返り、激動の時代の中でも世界を見つめ直した川内による最新作。ハンス·グレメンの装丁により、透けるような繊細で薄い紙に写真が印刷され、クロス装には大胆に箔押しが施されている、オブジェのような佇まいをもった一冊となりました。巻末には作家、写真家、美術史家であるテジュ·コールによる、手紙のような美しい文体で綴られたエッセイが収録されています。
*本作は2022 年に刊行した展覧会図録「M/E 球体の上 無限の繋がり」とは異なる書籍·内容です。
身体を移動し、撮影したものと向き合うという行為でしか得られないものがある。
それはなぜいまここに生かされているのか、という答えのない問いに少しでも近づくための、自分にとって有効な手段だ。
そんな生活を続けて30年以上が経ち、改めて現在の自分の立ち位置を確かめたくなった。
地域や国というくくりではなく、ひとつの星の上に在るということを。
20年前に一度だけ訪れたアイスランドに2019年の夏に再訪したことで、それは叶えられた。
地球の息吹を感じる間欠泉や、人間の持つ時間を遥かに超える氷河を目の当たりにすることで、自分の存在が照らされたようだった。
とりわけ休火山の内部に入ったときの体験が強く印象に残っている。
上を見上げると火口の入り口から光が差し込んでいて、その形は女性器を想像させた。じっと見ていると自分が地球に包まれている胎児のような気がしてきて、いままでに感じたことのない、この星との繋がりを感じた。
もっとその繋がりを確かめたくて、冬の再訪を計画したが、コロナ禍で叶わなくなったこともあり、昨冬は北海道へ何度か通った。そこには厳しい寒さのなかでしか見えないものがあり、自分の身体が小さくて弱いものなのだと思い出した。
振り返るとこの約10年のあいだに東日本大震災、新型コロナウイルスのパンデミックと社会的に大きな出来事が続き、個人的にも結婚、出産など人生のターニングポイントを迎え、大きなうねりのなかにいるようだった。
日々慌ただしく過ぎていったが、コロナ禍でその速度が少し緩やかになった。
時々自宅で作業の合間に川の流れるせせらぎを聴きながら、窓越しに川の流れるさまを見ると、人心地がつく。
久しぶりに自宅で過ごす長い時間は、幼かった頃を思い出させた。
学校から自宅に戻ってからの退屈な時間や、長い長い夏休みのこと。目の前にいる娘もあの頃の自分と同じような時間の流れにいるのだろうか。
少しずつ髪と爪は伸び、毎日毎秒死に近づいている。
小さくて確実な変化をじっくりと見つめることは、年々加速していた時間の流れが少し巻き戻されていくようだった。
そして自分の老化と娘の成長が等しく進んでいくように、温暖化はさらに進み、あの日見た氷河は溶けていくのだろうか。目の前の生活とすべては地続きだ。
死に向かうことは止められないが、いま生きているこの場所を整えることはできるだろう。
母なる大地、[Mother Earth]の頭文字をとると[M/E].
そのふた文字を書き出すと、肉眼で全体を見ることのできない極めて大きなものから、個に繋がり、それは火口の内部で体験した、地球と自分自身が反転して一体化したような不思議な感覚を想起させた。
川内倫子(本作ステートメント)
『M/E』に収められている写真は、いつものあなたの力強さを発揮しながらも、これまで発表されたどの写真よりも穏やかに感じられます。ますます抽象化された写真は、アグネス·マーティンの絵画やエリアーヌ·ラディーグの音楽のように私の注意を引きます。ここにあるのは淡々とした、しかし留めどない動きの中にあるものであり、その流れを変えることはできても、止めることはできないのです。
テジュ·コール(本書寄稿文「すべては流れていく」より)
仕様:A4版変型(280 x 220 mm)/上製本・布貼り/216P
デザイン:ハンス·グレメン
執筆:テジュ·コール
言語:日本語/英語
定価:6,500円+税
発行:torch press
ISBN:978-4-907562-53-3 C0072
発行年:2025
1972年滋賀県に生まれる。2002年『うたたね』『花火』の2冊で第27回木村伊兵衛写真賞を受賞。著作は他に『AILA』(05年)、『the eyes, the ears,』『Cui Cui』(共に05年)、『Illuminance』(2011年、改訂版2021年)、『あめつち』(13年)などがある。2009年にICP(International Center of Photography)主催の第25回インフィニティ賞芸術部門、2013年に芸術選奨文部科学大臣新人賞(2012年度)、2023年に「ソニーワールドフォトグラフィーアワード特別功労賞」を受賞。主な個展に、2005年「AILA + Cui Cui + the eyes, the ears,」カルティエ現代美術財団(パリ)、2012年「照度 あめつち 影を見る」(東京都写真美術館)、2016年「川が私を受け入れてくれた」(熊本市現代美術館)、2022~2023年「川内倫子:M/E 球体の上 無限の連なり」(東京オペラシティ アートギャラリー、滋賀県立美術館)ほか多数。近刊に写真集『やまなみ』『いまここ』(谷川俊太郎との共著)がある。個展「M/E a faraway shining star, twinkling in hand」が各国のFotografiskaで世界巡回中。個展「At the Edge of the Everyday World」がArnolfini(Bristol)で開催中。